ヴァンダナ・シヴァを掘り下げる

2023年8月27日収録 すみこと洋子の女の人生劇場、ゲストはジョセフ・エサティエさん、担当は、たかだ洋子

TY:さて、前回の番組では、インドの科学者で環境活動家でもある、ヴァンダナ・シヴァのエコ・フェミニズムについて、ジョセフ・エサティエさんにお話しいただきました。ヴァンダナ・シヴァは海外では大変有名で地球環境の保護を考える人たちに、大きな影響を与えています。日本ではまだあまり知られていないみたいですから、本日はもう一度、彼女について、エサティエさんに紹介してもらいます。エサティエさんは、彼女のどこが一番好きですか?

JE:はい、みなさんこんにちは。ジョセフ・エサティエです。ヴァンダナ・シヴァのどこが一番好きか? ですか? そうですね。彼女は私たちに、人々が幸せになれる、未来の設計図を示してくれていると思うので、好きですね。自由が大事だと彼女は信じていますが、私は、個人の自由が幸福には欠かせない条件だと思っています。だから、そこが気に入っています。

ヴァンダナ・シヴァ

TY:なるほど。ところで彼女の述べているその、自由、どんな自由なのか、番組を聞いてくださる人にイメージしてもらうために、少し具体的に話し合いたいと思います。インドの言葉で、サティアグラハの言葉、ガンジーから来た言葉で、意味は、真実のために闘う。「ごめんなさい、悪いけど、その法律は間違っているわ」と言って、従わない行動することです。インドでは、2004年に、農民が在来種の種を使用することを禁じる法律を作ろうとした。これに対してインドの農民は、サティア・グラハの行動をした。シヴァは、この運動はうまく行ったと話しています。

JE:そうですね。少し歴史を紐解いて説明します。戦後、世界中で化学肥料や農薬を使う農業がひろまりました。これは緑の革命と呼ばれています。知っていますか?

TY:はい、緑の革命が世界の人々を飢餓から救ったと言われノーベル賞までもらいました。しかし、それは幻想だったと今では批判されています。なぜなら、化学薬品の会社は儲かりましたが、土から微生物が死に絶え、土そのものに豊かさがなくなったので、化学肥料がないと何も育たない土地になってしまった。だから、最近は、有機栽培が人気になっています。だけど、一度化学肥料で豊かさを失った土壌は、なかなか元に戻らなくて苦労しています。

JE:そうです。そして、現在進行中なのが第二の緑の革命と呼ばれているバイオテクノロジーです。遺伝子工学という言葉を聞いたことがあるでしょうか。遺伝子を操作して作った種(たね)を企業の発明だと主張して特許を取るのです。もうすでに、企業は、大変たくさんの生命についての特許を持っています。農民が抵抗した、インドの法律は、企業が政府に法律を変えさせた大変具体的な例だと思います。

TY:どうしてインドは、企業の言いなりになっているのですか?

JE:これは、インドに限らない、世界中に共通する問題です。シヴァも参加した世界会議でWTOとグローバリゼーションについて語り合った時に、彼らの下した結論は、グローバリゼーションとは、企業の支配を確立することだった、WTOは自由貿易のことだと人々に思わせているが、実際には、この惑星の富を、生産や消費を、誰が支配するのかという問題だったのです。そして政府は誰の言葉を聞くか。企業の声か、国民の声か。

TY:グローバリゼーションは、国家を企業の思うままにしてしまうという結果になったのですか?

JE:そうです。世界中で、すでに国家が企業の利益のために働いているとしたら、民主主義社会の普通の行動だけでは、対抗できません。

TY:企業と言っても、いろいろあります。どんなふうに支配しているのですか?

JE:国の政策にまで支配を強めているのは、巨大な資金力を持つ企業のことです。数えることができるほど少数の企業が支配しています。例えばその筆頭に来るのがマイクロソフトのビルゲイツです。世界の主だった大学の研究室に莫大な投資をしてバイオテクノロジーの研究をさせています。

TY:大学の研究も、お金の力で支配されているのですね。ゲノム編集の研究には莫大な研究費が用意され、有機農法の研究などには研究費は来ない事情がよく分かります。

JE:私たちの食べ物をめぐる闘いです。民主主義のシステムがハイジャックされているのだから、民主主義社会の普通の行動では対抗できません。だから、一人一人の小さな力が大きな力になるのです。ガンジーの時代には、糸つむぎの運動は大きな力になりました。一人の貧しい女性でも、糸をつむぎ自分で自分の衣服を作り、イギリス帝国の布を買わなかったことで、彼女は立派に「一人の自由の戦士」になりました。ヴァンダナ・シヴァの時代のインドでは、「種」が民主主義と自由のシンボルです。

TY:ヴァンダナ・シヴァは、種を保存する活動を展開していることで有名です。彼女の団体には5000人以上の農民が加入していて、先祖から伝わった種を受け取り将来世代へと受け継ぐと誓い合っています。だから、種を保存することを禁止するような、いかなる法律にも従わないと誓い合っています。「どんな法律も我々が種を保存し、お互いに交換し合うことを妨げることはできない」と言っています。それが彼らの自由への闘いですね。

TY:ところで、シヴァは女性について、ただ単に生物的に女性の身体をしていることを女性だと言うのではなく、女性性とは何かについて、独特な考えを持っていますね。それについて話してください。

JE:シヴァによれば、ガンジーは、毎朝の祈りの時間に、「私にもっと『女性性』をください」と祈りの言葉を唱えていたそうです。「女性性」は「育てられるもの」と二人は認識している。例えばインドでは家庭の水を常に準備しているのは女性の仕事でした。その仕事を通じて女性たちは、水が枯れ始めているとか、子供達を病気にするような汚染が始まっているとか、具体的に心配して、家族のために行動するようになった。長い歴史の中で、常に家族の食事を整え、栄養に気を配り、そのように女性たちは「命のお世話」をしてきました。このようにして女性たちは「女性性」を育んできたのです。

TY:シヴァが女性たちを特に信頼していると言うのには、そのような訳があるのですね。

JE:シヴァが始めた種(たね)の保存の農場の研修では2011年から15年までの間に486人の農民が参加したのですが、その95%が女性だったそうです。その時は、在来農法から有機農業へと転換する研修でしたが、この活動では、生産量を増やし、シードバンクも数を増やし、生物多様性も大きく向上し、土壌も見事に改善されたそうです。

TY:ヴァンダナ・シヴァが繰り返して教えてくれるように、地球そのものが一つの命であり、人間は地球全体の生命の一部分なのだということは、私たちも何度も思い出して、考えてみたいことだと思います。エサティエさん、ありがとうございました。では、今日の一曲をご紹介ください。

JE:今日の一曲は、ボブ・マーリーの「Crazy Baldheads 」植民地主義に抗議する歌です。ーーおわりーー

さてここで、異論・反論・オブジェクション!

テニテオラジオのこの番組の中で、ここで述べられたヴァンダナ・シヴァのエコフェミニズムには、議論が湧き上がるはずです。お読みになった方の中にも、疑問、反論、または、「そんなのフェミニズムじゃない」という反発も予想されます。だから、ここに、エコフェミニズムを紹介した私、洋子の理解を補足して述べさせてください。

ヴァンダナ・シヴァの議論はインドの話です。しかしここからは日本を舞台に私の理解するところを表明します。私が60代だった頃、近所に、82歳の一人の女性(Aさん)がいて、彼女は次のように自分のことを話しました。「お嫁に来て、姑と舅の世話をして、私が看取った。子供たちは大きくなって、独立して家を出て行った。夫を看取り、今は一人暮らし。今が一番幸せ。」私は、女性が82歳になって「今が一番幸せ」と語るのを聞き、これが日本の結婚制度に内包する女性への暴力でしょうと、思いました。なぜ彼女は「今が一番幸せ」と実感しているのか。それは、やっと自由になった。自分自身のために生きることが許された。自分の人生を今生きている。その幸せを言葉にしたと思います。

結婚生活をまっとうしながらも、自分の人生を生きた女性たちもいます。現在、全国で上映中の「シモーヌ」というフランス映画。これはシモーヌ・ヴェイユの自伝を映画化しました。彼女は19歳くらいで結婚して、その後、3人の子育てをしながら弁護士の資格を取り、「フランスで最も慕われた政治家」と評されるほどの活躍をしました。似たような経歴の人がアメリカにもいます。「ビリーブ未来への大逆転」という映画になったルース・ベイダー・ギンズバーグです。この人も結婚してから弁護士の資格を取り、キャリアを重ねていきますが、シモーヌと同じように、夫とは最後まで愛し合って人生を終えます。82歳のAさんが夫が亡くなってやっと、自分の人生を生きる自由を手に入れて「幸せ」を感じたことを比較したら、どうしてシモーヌやルースは夫がいても、自分の人生を生きることができたのでしょう。おそらく人生全体が自由で幸せだったはずです。立派な仕事を持っていたから?ですか?では、ここに、もう一人、ご紹介しましょう。私の義母のきみ子さんです。彼女は、小学校の教員をほぼ定年まで務めました。夫も同じように教員でした。彼女は大変な頑張り屋さんで、嫁いだ先は農家でしたから、教員の仕事をしながら、子供も育てながら、田植えや稲刈りも手伝い、姑の世話をし、舅の世話もして、夫の世話もしました。彼女は活発な人でしたから、退職後も職場時代のお友達とも仲良くして、趣味のお友達も作って生きていました。でも、その人が、「夫よりも1日でもいいから長く生きて、自分のためだけに生きる日々を生きたい」と、願っていたことを私は知って少しショックでした。映画で紹介されているシモーヌやルースは夫が死んだ後に自分の自由な人生が来ると期待していたとは思えません。夫と暮らしながら子供も育てながら、自分の仕事をして、・・ここまでは、きみ子さんと同じです・・では、どこが違うのか。82歳のAさんもその時もまだ薬局の店番を一人でしていました。彼女も自分の仕事をしてきたのです。ただの主婦だったのではありません。では、フランスのシモーヌやアメリカのルースと、日本のきみ子さんや82歳のAさんの人生の「幸せ」を分けたのは、なんだったのでしょう。私のこの疑問に答えてくれたのが今回ご紹介した、ガンジーの祈りの言葉でした。ガンジーは毎日のお祈りの言葉に次の言葉が入っていました。「私にもっと『女性性』をください」そしてこの「女性性」についてシヴァは「命のお世話をするエキスパート」と説明しています。

きみ子さんの夫は、とても普通の日本にはどこにでもいるような男性でした。日本に普通にいる男性、例えば、ある日、妻と娘がデパートに買い物に出掛けて楽しんで帰ってきた、ちょっと帰りが遅くなって、午後7時ごろになった。二人が帰ると、テレビの前で不機嫌。え?なんで機嫌が悪いの?「遅いじゃないか。オレの食事はまだか」あーあ、お腹が空いて機嫌が悪いのね。これは、まさに、男性性のかたまり。お世話してもらうことばかりを、それが当たり前だろう、と、受け取ることばかり。妻はオレの世話をするためにそこにいると信じている。夫がそのように「男性性のかたまり」の人だとすると、妻は夫が死ぬまで夫のために生きている存在なのだ。だから、彼に、ガンジーのお祈りの言葉を教えてあげよう。「私にもっと『女性性』をください」女性性とは、お世話するエキスパートのこと。もし、ほんの少し、この夫君が「女性性」を獲得したら、妻と娘がデパートに出かけているから、二人は楽しかったかなと想像して、帰ってきたら、何を食べよう、一緒に食べたいな、そうだ、あれを作ろう、これを作ろう、と、妻や娘が自分と一緒にいて楽しくなるような食事作りを始めるだろう。7時に帰ってきたら、「え?もう帰ったの?まだ作っているから待ってろ」と迎える。ほんの少し、女性性を獲得すると、普通の男も、ここまで変身して妻の人生は幸せ色になる。だから思うのだ。シモーヌの夫やルースの夫は、「女性性」を育んだ男たちだったのだろう。だから、彼らは、離婚することなく、添い遂げることができたのだろう。日本の妻たちが添い遂げているのは、我慢して我慢して、夫よりも長生きして少し自由な時間を神様にプレゼントしてもらおうと、健気に生きているからだ。もうそんな苦労をしなくてもいいように、日本の男性たちも、ガンジーのように祈ろう「私にもっと『女性性』をください」と。

ヴァンダナ・シヴァのエコフェミニズムは家父長制を肯定したりはしていない。男性たちがもっと女性性を獲得していくことが大事なのだ。「女性性」は生物学的にsexが女性なら持っているというものではない。sexが男性なら持っていないということもない。育むものだ。それは「愛」でもある。だけど、「愛」よりも具体的で分かりやすい。フェミニズムは女性たちが男性たちのようになることではなくて、男性が「女性性」を獲得していくこと。暴力が当たり前にそこにある現代社会は、あまりにも「男性性」が強くなりすぎているのかもしれない。地球の生命に感謝し手をかけて食べ物を作る未来は、女性性が育まれた人々によって開かれていくのだろうと、思う。