「国葬」というトレンドの言葉で世界を見つめて発見!フランスで「国葬」された女性政治家シモーヌ・ヴェイユさんのこと

2022年9月11日公開収録、放送は、9月27日から始まります。放送日、火曜日は朝7時、金曜日は朝7時と夜8時、土曜日は朝9時、日曜日はお昼1時からの放送です。

Sumiko:フランスには同姓同名の人がいますね。哲学者のシモーヌ・ヴェイユさん。70年代の男子学生にとても人気がありました。

Yoko:今日話題にするのは、政治家のシモーヌ・ヴェイユさんです。フランスの国民の間で最も慕われた政治家と言われているようです。

Sumiko:国民から愛されて「国葬」になったみたいだね。ようこさんに聞いて調べてみたらYouTubeでその様子を見られた。軍楽隊や儀仗兵、厳かな雰囲気、棺は国旗で包まれていたよ。主な業績は何だったのだろう。

Yoko:それは何と言っても、1974年、フランス議会で妊娠中絶を合法化する法律を成立させたことが1番の功績でしょう。この法律は、のちにヴェイユ法と、名前がつけられています。

Sumiko:えー?本人の名前がついたの?

Yoko:はい、フランス議会の四百人を超える数の議員のほとんどが男性の時代。今から48年前ですから、フランス議会は9割以上が男性でした。

Sumiko:フランスでも、まえは日本と同じだったんだねえ。

Yoko:フランスはカトリックの国ですから、宗教的には避妊も中絶も絶対に認められないのです。しかし、この男性たちのさまざまな反対意見に一つ一つ説得して最後には反対を大きく上回る賛成票を得て、中絶を合法化する法律が成立しました。

Sumiko:ようこさんに「1974年11月26日の国民議会における演説」と言うのを見せてもらってびっくりした。「中絶」という問題を多面的に広く、深く考えて、過不足なく問題を伝えている。演説の終わりの方で、「この法律で中絶は禁止されませんが、中絶の権利ができるわけではない」と念を押している。私は女性が自分の身体を大切にできるようになるにはどうしたらいいかをずっと考えてきましたが、「中絶は女性の権利」と言う言い方にも賛成できなかった。シモーヌ・ヴェイユさんの言葉でようやく「なるほど」と納得しました。

Yoko:フランスでは、年間30万件もあるのに、その中絶に関わることが犯罪だったせいで、危険な闇中絶、あるいは、イギリスなどの隣の国々では合法的に手術できるので、外国まで手術のために出かけていく。一つの論点は、闇中絶の悲惨さについてこのまま放置していいのか、二つ目の論点はほぼ公然と中絶目的で外国への旅行がなされているので、いずれにしても、大っぴらに、国の法律が蔑ろにされていることを、このまま放置していいのかと、そんな議論がされています。

Sumiko:女性が国葬された、というだけでもすごいのに、その理由の一つが中絶の合法化とはね。日本では考えられない。

Yoko:考えてみたのですが、中絶を合法化することは、ただそれだけにとどまらないのです。妊娠・出産が女性の意志で選べるようになったので、フランスでは女性の地位の向上が始まりました。過去50年間のフランス女性の解放、地位の向上、その大きな動きの中心にシモーヌ・ヴェイユもいて、社会が大きく変化してきた。だから、国民から慕われ、国葬になったのでしょうね。

Sumiko:日本は、昭和20年8月、アジア・太平洋戦争で自分の国だけでも300万人以上が死んだ。国土は焼け野原。そういう犠牲があって新しい日本国憲法を得た。女性参政権も認められた。法律上世界に恥じないものになった。それなのに、今年のジェンダー・ギャップ指数は146カ国中116位。いつの間に世界からこんなに遅れてしまったのか。

Yoko:ジェンダー平等の進んでいるフランスでは、出生率も伸びています。最新のデータで1.88です。少子化の止まらない日本とは、大違いだね。

Sumiko:さて日本ですが、戦前は「産めよ増やせよ」のキャッチフレーズ。中絶どころか避妊も認めなかった。戦後は中絶の要件に「経済条項」を加えただけでお茶を濁した。このごろ国は「女性も働け」と言う一方、出生率低下は、外で働く女性のせいだと言う。支離滅裂。一言で言えば「いきあたりばったり」絶え間なく起こるのは、時代錯誤の女性蔑視発言ばかり。森喜朗元首相の「女は分をわきまえよ」なんてね。昔だったら、そのままだったけど、若い世代が抗議した。表に出てきただけマシになったね。

Yoko:そうですね。最近は若い女性たちがハラスメントを訴えるようになった。自分に置き換えて想像してみるとわかりますが、これは、素晴らしい勇気だと思います。女性の意志が尊重される社会にしていくことで、日本も、フランスのように、国葬にふさわしい人を国民自身が決めていける社会に成長していけるかもしれないね。

Sumiko:シモーヌ・ヴェイユさんはその他には、何か功績はあるのですか?

Yoko:彼女は高校生の時に、大学入学資格を得る試験を受けた直後ナチスドイツに捕まり、アウシュヴィッツの収容所に送られました。ドイツの敗北で解放されたのですが、父も母も兄も、殺されました。

Sumiko:本当に痛ましいね。

Yoko:アウシュヴィッツから解放されて大学生になり、19歳で結婚して子供を3人育てましたが、夫を説き伏せて、3人の子育てをしながら法律を学び、司法の世界で仕事を始めましたフランスも女性が司法の場で仕事をすることはまだ草分けの時代を切り拓いたのです。さらに、欧州の統合にも力を尽くしました。欧州議会の初代議長に選ばれています。思想信条や国籍や宗教、党派の違いを超えて友情を育むタイプの人だったみたいです。

Sumiko:シモーヌ・ヴェイユさんのような女性が日本にも早く生まれるといいね。

Yoko:そうだね。楽しみだね。さて、もう時間が来ました。すみこさん、今日の一曲はなんですか?

Sumiko:フォーク・シンガー南修二さんの歌「幸せになろうよ」です。みんな、幸せになろうね。どうぞ。