バンダナ・シヴァのフェミニズム
日本ではなぜかあまり知られていないのですが、世界では、バンダナ・シヴァのフェミニズムは、エコ・フェミニズムとして知られています。「すみこと洋子の『女の人生劇場』」では、ジョセフ・エサティエさんをゲストに、エコ・フェミニズムについて、話し合いました。収録は2023年6月25日、放送は7月18日(火曜日)朝8時、再放送は20時と23時、19日、20日の23時、翌週月曜日の23時です。
洋子:みなさん、こんにちは。すみこと洋子の女の人生劇場の時間です。本日はインドの科学者バンダナ・シヴァのエコ・フェミニズムについて語り合います。ゲストはジョセフ・エサティエさんです。
エサティエ:この番組では清水紫琴やベル・フックスのジェンダーの問題についていろいろ話してきましたが、楽しかったです。今日もよろしくお願いします。
洋子:バンダナ・シヴァは若い頃は、カナダの大学で学び、物理学の博士号を取得しましたが、専門家の狭い道にとどまることなく、インドで大きな経験を積んでいきました。その一つが山間(やまあい)で暮らす女性たちの非暴力の抵抗運動、森林を伐採から守った人々との出会いでした。
エサティエ:はい、インドはヒマラヤ山脈の自然に囲まれた国ですが、今から50年ほど前、開発が行われました。開発業者が木を切り倒して材木にする。その時、そこで暮らす女性たちは、樹木の伐採を阻止するために、樹木に「抱きつく(chipko)」という非暴力的な闘争を進めました。
洋子:チプコですか。抱きつくという言葉は、英語ではハグです。インドの言葉では、チプコなんですね。
エサティエ:はい、その時、地元の女性たちが、山を守るために、みんなで木にハグして開発を止めたのです。材木(ざいもく)で金儲けをすることよりも山の木は自然災害を防ぐという女性たちの声を、ついに政府は聞き入れました。バンダナ・シヴァは、学問のない農民の女性たちが、複雑な自然界の相互作用について、いかに詳しく知っているかを、この時に初めて学んだ、と言っています。
これは、日本でもわかると思いますが、毎年、繰り返して土にふれ作物を育てて生きることで、昔のお百姓さんたちは自然界の秘密をよく知っていたようです。農業技術が進歩した現代の新しい知識が、昔の人の知恵よりも優れているか?といえば、必ずしもそうではないということもあります。
洋子:なるほど。大学出の人たちにはない知識や知恵がお百姓さんにはあると、そういうことですね。ところで、バンダナ・シヴァのフェミニズムは「エコ・フェミニズム」と呼ばれていますが、どんなフェミニズムですか? お百姓の中でも特に女性を特別な目で見ているようですが、農民の女性の何がそんなに特別なのでしょうか?
エサティエ:今、世界では、資源を巡って何が起きているかを知らないと、十分に理解できないかもしれませんが、スーパーに行くと世界中で作られた食品がなんでも手に入ります。これが実現するためにどこでも紳士的に取引が行われていると信じていますか?シヴァは英語で「grabbing」という言葉で表現しています。言葉の意味は「奪う」という意味で「略奪」というイメージの言葉です。さらに女性にとっては性的暴力のことを指す言葉でもあります。grabbingという行為は主に男性が行い、女性が「奪ってきた」歴史はほとんどありません。ほとんどの国で女性は「奪われる」被害者ですらあります。シヴァは、自然に対する暴力と女性に対する暴力の両方の暴力に強く反対しています。農民女性には生物多様性を守ってきた歴史があり、シヴァは彼女たちを信頼しています。これが彼女のエコ・フェミニズムだと私は思います。彼女は、自然に親しみ、自然を理解する女性たちを信頼しよう、と言っているのです。
洋子:エコ・フェミニズムは、女性への暴力と自然への暴力を同じような目線で見ているのですね。もう少し詳しく教えてください。
エサティエ:彼女は科学者ですが、西洋近代科学は、すべての人類のためのものではなくて、白人や金持ち国家に住む、中流以上の階級の男たちの権力を維持するためのものだと見抜いたのです。
コロンブス以来、500年、西洋の植民地主義が続いています。資本を持つ男性たちは、自分が人間や土地の所有者になり、他民族を支配し、女性を支配しました。女性や自然は受け身の存在であって男は所有し、従属させることができると西洋の近代科学は教えました。地球も彼らの支配の対象です。
20世紀の農業は、皆さんも知っているように、強い農薬で虫や草を退治しました。その結果、土の中の微生物を殺して、多くの生き物を絶滅させてきました。でも彼らはそれをあまり気にしていません。地球を自分の所有物だと思っているからです。悪びれることなく、地球を破壊しています。grabbing略奪という言葉を使う人もあります。これに抗議するのがエコフェミニズムです。女性たちは、地球は、資本を持つ男性たちが思い及ばないほどに、地球それ自体が豊かな生命 なのだと知っています。これまでも女性たちは、命をつなぐために地球を守り自然を守ってきました。
人間の体内にも、特に人間の腸の中で微生物が生きていますね。マイクバイオームと呼ばれる微生物は一人の人間の体内に何億個もいるのです。人間は地球の生命の一部分だと考えられるというわけです。
洋子:人間は地球の生命の一部分なんですね。ところで、彼女は、子供が小さい時に、離婚を経験していますね。
エサティエ:インドの法律は、離婚した場合、子供の親権は常に男性にありました。でも、ここで彼女は勇敢にたたかったのです。インドでは初めてのことでした。子供の親権という母親の権利を最高裁に認めさせました。
洋子:すごいですね。
エサティエ:近代農業のモノカルチャーは、自然を人間に従属させる思想から生まれました。モノカルチャーというのは、本来多様性に満ちた自然界を人間の都合に合わせて、生産や収穫に都合の良いものだけを残してあとは捨ててしまうことです。つまり効率的にお金儲けをするための手段ですが、これは自然災害の時代には全滅します。例えば穀物も、昔はもっと多様でした。雑穀を知っていますか?
洋子:雑穀は、日本では、例えば、ひえ、あわ、きび、などですね。桃太郎のお話に黍団子が出てきます。
エサティエ:雑穀は消えていきました。シヴァはイギリスの白人たち、あるいは西洋人のレイシズムから、白いものは茶色いものよりも優れているという思想が、食品にも、白い米は茶色い米よりも上等だと、差別的に人間に受け入れられてきたと言います。だから白いお米、白い砂糖が普及しました。しかしこれが、健康に良くないことが知られるようになりましたね。それで日本でも玄米が人気ですね。私も大好きです。そして、雑穀は、実は、玄米よりもさらに栄養価が高いそうです。
洋子:国連は2023年を「国際雑穀年」と制定しました。シヴァたちの運動が広がったのでしょうか。
エサティエ:そうです。雑穀は、厳しい環境でも育つので、洪水や旱魃の時代には強い。化学肥料や農薬を使わなくてもいい。そして、アグリビジネスのハイブリッドの種(たね)を毎年高い値段で買わなくてもいい。でも、国連でも綱引きがあります。アグロビジネスは、農薬も化学肥料も大量に使い、ドローンも使い、いずれは農民もいらない農業を目指してビジネスを展開しようとしています。エコフェミニズムは、人間の手をかけることで土を守り、地球を守り、人間の命を守ろうとしています。
洋子:バンダナ・シヴァは、アグリビジネスを敵にまわしながらも、人間の手をかけることで土を守り、地球を守り、人類を守ろうと呼びかけています。チャンスがあれば、誰もが、自分で種を蒔いて育てる人になろうとも呼びかけています。本日は、バンダナ・シヴァの「貴重な思想の種」エコ・フェミニズムについてジョセフ・エサティエさんにお話を伺いました。ジョセフさん、今日の一曲をご紹介ください。
エサティエ:フォー・ノン・ブロンズ(4non blonds)でディア・ミスター・プレジデント(Dear Mr. President)です。どうぞ。
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YouTubeで、入力すれば、聴くこともできるし、歌詞もわかると思います。聴いてみてください。歌手は最初「素晴らしい街なのに、世界はそれを焼き払おうとしている」と歌いますが、すぐ言い方を変えて「素晴らしい国なのに、男が焼き払おうとしている。」後者の方が前者より真実に近いでしょう。「国」の方が「街」より大きい、そしてこの表現「世界」は曖昧すぎる、彼女はやはり「男だ」と言い換えます。ポイントは男性を否定することではありません。要するに、男性が女性を支配し利用する社会、社会のヒエラルキー(社会の縦構造)が環境破壊の原因であると。4 non blonds のメッセージは バンダナ・シヴァのメッセージに似ています。(注:four non blondsというバンド名は、4人のブロンドではない女性たち、という意味です。ブロンドというのは、英語世界では、美人のイメージだそうです。ただ単に、髪の毛の色の話だけではないのですね。知らなかった)